働き方とワークプレイスに関する最新トレンドを共有するカンファレンス、WORKTECH23 Tokyoが12月6日、赤坂インターシティコンファレンスで開催されました。パンデミック後4年ぶりの対面開催となった今年のWORKTECHでは、業界の第一線で活躍する海外の専門家が集結しました。"スペースシップ"の別称で知られるApple本社の設計を手掛けたFoster + Partnersでワークプレイスコンサルティング部門のHeadを務めるアレサンドロ・ラナルディ氏、ヨーロッパを中心にワークプレイスコンサルタントとして活躍しIE Universityで建築デザインの教授を務めるエルビラ・ムニョス氏、シンガポール工科大学でフューチャーデザインの助教授であるヨウン・リム氏等が登壇し、独自の視点からこれからの働き方に関するプレゼンテーションを行いました。
こちらの記事では、V+Cのコンサルタントの目線から印象的だった登壇内容を3つのポイントに絞ってご紹介します。
1. オフィスデザインは組織が求める「成果」をもとにつくられる
2. 働き方やワークプレイスのデザインで重要なのは"ME"ではなく"WE"の視点
3. "未来予測"を活用し働き方をデザインする
最後に:従業員がオフィスに戻るには?
パンデミックを経て在宅勤務が普及し、「オフィスで得られる体験や、オフィスが提供する価値を追求する」という考えがここ数年の働き方やワークプレイスにおける中心的なテーマの1つとなっています。WORKTECHの登壇者たちは、ここ数年の現場経験を通じてその価値が何か、またどのような傾向があるのかについて触れました。
特に興味深かったのは、エルビラ・ムニョス氏が語った「オフィスデザインは組織が求める成果をベースにつくられる」という点です。これまでのオフィスは、特定の活動を支えるためにデザインされることが多く、具体的には集中、コラボレーション、ソーシャライゼーション(社交性の向上)、学習といったキーワードが中心に据えられていました。こうした各活動をサポートするスペースを用意し、整然と配置する必要から、各エリアが明確に分けられる直線的なオフィスが多かったとされています。
しかし、組織が求める「特定の成果」というのは、コミュニティ形成やイノベーション、課題解決といった側面が強調され、オフィス全体でこれらの成果を出せるよう、様々なエリアが組み合わされた流線的なオフィスへの傾向があるとのことです。
ーコミュニティを重視した最新オフィス事例:キー・クォーター・タワー
具体例として、建築事務所3XNの事例であるオーストラリア・シドニーにあるキー・クォーター・タワー(Quay Quarter Tower: QQT)が挙げられます。コミュニティ形成を重視したこのビルは、1976年竣工の約50年の歴史を持つ49階建ての既存建物をリユースし、既存のコアの95%と梁・柱・スラブの65%を残した上で、ビルの北側ファサードの大部分をカットして新しいフロアプレートを追加するリノベーションを行いました。その結果、使用可能面積は45,000m²から102,000m²に増加し、4,800人から9,000人と約2倍の人数が利用できるようになりました。また、1〜9階までの吹き抜け階層は内部階段で連結し、人の移動と交流機会を増やす工夫がなされています。さらに、ねじれた構造のファサードにより、低層階からは都市の景色が、高層階からはシドニーの海が望めるようになっています。
通常、テナントビルで吹き抜け部分を確保することは賃料の観点から避けられがちですが、面積だけでなく、コミュニティに価値を見出すテナント向けに設計されたこのQQTは、次世代の高層ビルの在り方を示す象徴的な建築となりました。人々の生活と一体化したビルと言えるでしょう。
*画像はすべて3XN Pressより
私たちV+Cでは、クライアントの働き方をABWの「10の活動」という視点から調査・分析し、クライアントの最終成果につながる働き方やワークプレイス戦略を構築しています。今一度その見方の重要性を再認識し、同時に、私たちが行ってきたことが正しかったという自信を改めて持つ機会となりました。
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「組織的な成果を生み出すデザイン」を提唱するムニョス氏は、デザインの視点にME(私)ではなくWE(私たち)の考え方が重要だと述べています。つまり、組織目標を達成する上で、個人の視点よりも「このオフィスを私たちはどのように活用し、どうすべきか」という広い視野でオフィスプロジェクトを進めることが肝要だと言います。
彼女が手がけたAECOMやSONY MUSICのオフィスは、イノベーションを促進するために個人のアーカイブ資料や個室オフィスを取り除き、空間と資料の共有、オフィス面積の削減、高い稼働率を実現しています。また、シスコシステムズ合同会社の荒井聖一氏もシスコシステムズのNYC Penn1のハイブリッドワークを基盤としたオフィスの取り組みを紹介し、個人スペースを70%から30%に減少させ、コラボレーションスペースを30%から70%に増やし、オフィスをイベントを中心としたカルチャーハブに変革し、自宅とオフィスの体験をシームレスに統合しています。
対面で会う価値を高めるワークプレイスが注目されていますが、ムニョス氏はそれを"Emotion as a function"と表現しています。つまり、対面で会うことに伴うワクワク感などの感情も、オフィスの機能の1つとしてデザインする必要があると説いています。建物の価値は面積やコストだけではなく、アイデアの創出にどれだけ貢献したかで評価されるべきで、オフィスにかかる費用はコストから投資へという視点でかたらtれています。先述の3XNの事例でも語られたコミュニティや利用者の体験を重視したアプローチは、オフィスが単なる作業場所からより豊かな価値を持つ場所へと進化する一助になっています。
ー働き方・ワークプレイスコンサルタントの重要性は増す
このように組織目標と働き方・ワークプレイスを紐付ける重要性、またWEの視点を推進することの重要性から、働き方・ワークプレイスコンサルティングの価値が高まっていると、カンファレンスの総括を務めたコクヨ株式会社の金森裕樹氏は指摘しました。特に、ストラテジー構築において事前リサーチにどれほどの時間をかけられるか、また内部情報の開示へどの程度協力できるかが鍵になると述べました。
彼はさらに、コンサルタントの存在が、企業が行う「人材の維持施策」の是非を検討する上でも価値を持つと強調しました。ジムやリフレッシュスペースは本当に必要か、オフィスを企画する側と実際に利用する側で意識の違いはないのか、運用実態に差があるのではないか、という疑問は、オフィスや働き方への企業の投資を考える上で重要な視点です。組織の抱える問題を明確に捉え、効果的な施策を実施するためにも、コンサルタントとの連携が注目されています。
そのほかにも、例えばグローバル企業が日本にオフィスを構える際に、日本の文化を考慮した環境整備が重要です。このような場合にも、コンサルタントが日本の働き方や文化を伝える仲介役としてますます需要が高まっているようです。
関連ページ:V+Cの活動について
3つ目のポイントとして紹介するのは、他の登壇者と異なる視点から働く環境づくりを考えるヨウン・リム氏のプレゼンテーションです。彼はシンガポール工科大学でフューチャーデザインの分野で助教授を務め、テクノロジーアワードの審査員も進める、業界の新進気鋭の学者です。働き方やワークプレイスの業界ではあまり聞かれないフューチャーデザインや未来型思考という言葉ですが、どのような内容なのでしょうか。過去や現在のデータから
ー未来型思考とは
未来型思考の概念を理解する上で、リム氏はデザイン思考との相違点に着目しました。デザイン思考は観察から始まり、ニーズを把握し、アイデアからプロトタイプを作り出すという縮小プロセスを辿る手法です。一方、未来型思考はトレンドからシグナルを見出し、ドライバーや予想へと展開・拡大するプロセスです。このアプローチでは、一つのきっかけから可能性のある多くの未来を予測しようとします。
未来予測を行うには、次の要素が重要になるとリム氏は話します。
未来型思考はこのSTEEPフレームワークを活用し、トレンドに潜むイノベーションのシグナルやマクロトレンドを把握し、現状を踏まえた未来を予測する手法です。
ー未来型思考を新しい働き方やワークプレイスの構築に活用する
このような情報を整理した上で、未来型思考を働き方やワークプレイスに応用するために、リム氏は次の3つのプロセス(3P)を進めることが一つの方法であると述べています。実際に彼は2024年のシンガポール工科大学の新キャンパス開設に向けて、「2033年のキャンパスとは?」というテーマでこのプロセスをもとにしたワークショップを実施しました。
1. 未来の働き方におけるペルソナを理解する(Persona)
最初に、未来のオフィスで働く人々のペルソナを理解することが重要です。リム氏が2033年の学生との対話で整理した特徴は、AIと共に成長すること、マルチタスキング能力がある、創造性がありながらも短い集中力、頭で記憶する必要のない傾向、さまざまなことに挑戦したいという意欲、オンラインで注目を浴びることへの期待、などが挙げられました。
2. 未来の働く場所をテストする(Places)
ペルソナの把握後、彼らがどのような環境を必要とするかをアイディエーションが行われました。その結果、将来の学生はレクチャーホールよりもワークショップを好むという意見から、12,000人の学生に対しレクチャーホールを4つだけ設けると言うデザインになっています。また教授たちも週に4時間程度しか自身のオフィスにいないため、オフィスの確保も見直したといいます。
3. 将来の働き方ポリシーを調整する(Policies)
最後に、働き方や環境に対する新しいルールやポリシーを再設定するプロセスが行われました。例えば、現在では在宅勤務が定着しつつあり、従業員の評価は働いた時間よりも成果を重視する傾向があります。9時から6時で働くことが時代にそぐわなくなってきていることから、時間を軸にした働き方ポリシーは見直しの対象になるべきとリム氏は話します。
V+Cでは、物理的な環境、テクノロジー、文化(行動)の3つの要素を均等に重視し、成功につながる働き方を強調しています。リム氏の働き方ポリシーに関する考え方は、文化的側面も重視するV+Cのアプローチと共通しており、重要な視点であると言えます。
カンファレンスの終了後、世界中で働き方やオフィスのプロジェクトを率いてきた登壇者たちに、近年多くの企業を悩ませる「従業員がオフィスに戻る理由に国による違いはあるか?」について伺いました。この「人がオフィスに戻るには」という問いはV+Cのプロジェクトでも直面する課題ですが、明確な答えを出しにくいもので、その要素を把握したかったからです。
登壇者たちの答えは「明確な答えはなく、人がオフィスに戻る要素は実に複雑である」ということのようです。登壇者の1人、アレサンドロ・ラナルディ氏によると、人がオフィスに戻る理由は国によって異なり、また文化によってもその要素は複雑に絡み合うといいます。例えば、アメリカではサンフランシスコといったテック企業の中心地のオフィス空室率が34%(ラナルディ氏のプレゼンによる)と異常な数値を叩き出し、企業側と従業員側で出社ポリシーにおける争いが繰り広げられていますが、これはとにかく通勤時間を削減したいという従業員の希望が強く表れているからだとラナルディ氏は語ります。
また彼が務めるFoster + Partnersが事務所を構えるイギリス・ロンドンや日本では、オフィスに出社して上司と顔を合わせて仕事することが昇給・昇進につながる文化がまだ根強いため出社率が世界的にも比較的高いようです。さらにフィリピンでは、知的労働を行うという観点からオフィス出社に誇りを持つ従業員が多いといいます。出社に対する従業員の考え方は、単に個人の働き方や生活だけではなく、その国が培ってきた働き方の文化とも密接に関係しているようです。
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