ABW導入後も行動が変わらない組織に共通するもの
Veldhoen + Companyは、ABWの提唱企業として、概念の正しい理解を広めることを発信活動の中心に置いています。クライアント企業のオフィスで実際に働く従業員へのヒアリングや行動観察を重ねながら、「ABWとは何か」「何がうまくいき、何がうまくいかないのか」を継続的にアップデートしています。
その中で、繰り返し浮かび上がってくるのが「ABWとは自由な働き方のことである」という認識です。
以前公開した記事「ABWとフリーアドレスの違いとは──本質的な選択のために知っておきたい視点」では、両者の違いを7つのポイントから整理しました。固定席をなくし、好きな場所で働けるようにする、というアイデア自体は間違いではありません。
しかしそれはABWの「結果として現れる空間の姿」であって、本質ではありません。フリーアドレスが「席の制約をなくすこと」を指すのに対し、ABWが問うのは「その日、自分は何をすべきか」という活動の起点です。制約の撤廃と自律的な設計は、似て非なるものです。
この違いを理解せずに導入が進んだ時に典型的な状況として生まれるのが、別記事で紹介した「『席を移動するのが面倒』 ―ABWの“自由”を“負担”にしないために―」に書かれた内容です。
多様な席が用意されたオフィスで、社員はほぼ毎日同じ場所に座り続ける。これは意識の低さではなく、「自由にしてよい」と言われた人間が、判断の軸を持たないまま放置された結果というのが記事で触れた内容で、だからこそ行動変容が鍵であるという点に触れました。
ABWは「自由化」ではなく「自己設計」である。この一文が、両者を分ける核心だと私たちは考えています。
「空間の自由」と「行動の変容」は別物である
では、なぜ行動は変わらないのでしょうか。
長年にわたって「設計された働き方」の中にいた人間が、ある日突然「自由に働いてください」と言われても、すぐには動けないのは自然なことです。どこに座るか、誰の近くにいるか、いつ誰と話すか ── そうした行動の多くは、かつて組織側が暗黙的に決めていました。ABWはそれを個人に戻していくプロセスです。つまり空間を変えることは、あくまでもスタート地点にすぎません。
私たちが働き方の現場で繰り返し目にしてきたのは、この「空間の自由」と「行動の変容」が別の問題であるという事実です。前者はハードウェアの問題であり、後者はソフトウェアの問題です。両方が揃わなければ、ABWは「新しいオフィスで古い働き方をする」状態で止まります。
ABWの本質は「活動の自己設計」である
ここで改めて、ABWという言葉に立ち返ります。
Activity Based Working、起点はあくまでも「Activity(活動)」です。「どこで働くか」は、「何をするか」が決まった後の話です。この順序を組織として共有できているかどうかが、ABWが機能するかどうかの分岐点になります。
ABWの定着に苦戦する企業では「どこが空いているか」から働く場所が決まります。一方、ABWが根付いている組織では「今日の自分には何が必要か」が先に来ます。深く考える時間なのか、チームで議論する時間なのか、誰かと偶発的に話しても良い時間なのか。活動の質を起点に環境を選ぶ習慣が、組織全体に浸透しています。
これは単なるルールの問題ではありません。「今日の自分には何が必要か」を問う習慣、つまり「活動の自己設計」が身についているかどうかの問題です。
あわせて読みたい:
ABWからA-ABWへ。変化への「適応力」こそが企業の未来を拓く
AI時代に、この問いはさらに重くなる
生成AIの普及によって、日常業務において個人が単独でこなせる業務の幅は着実に広がっています。情報収集、文書の構造化、初稿の作成など、これまでチームで分担していた作業の一部が個人レベルで完結するようになりつつあります。
以前公開した記事「AIはツールかチームメイトか──"活動"のレンズから考える働き方とオフィス」では、活動の種類によってAIとの親和性が大きく異なることを整理しました。情報整理や文章作成はAIが支援しやすい一方、対話や信頼構築は現時点では人が主役の活動です。そしてその境界線は、「1人で考える」と「チームで考える」の区別が溶け始めるほど、複雑になりつつあります。
この変化はABWにとって、問いの深化を意味します。
仕事の「個人完結化」が進む一方で、意図的に人と関わる時間の価値は相対的に上がっていきます。誰と、何のために、どんな状態で対話するか。その判断がより明確に問われるようになります。つまり、「活動の自己設計」という能力はAI時代においてさらに重要になっていく、というのが私たちの見立てです。
オフィスに来る理由が変わりつつある今、ABWの問いは「どこに座るか」から「どんな状態で誰と何をするか」へと深化しています。
「成熟したABW」とは何か
導入から年数が経った組織でABWが形骸化しているとすれば、多くの場合その原因は空間設計にはありません。「自己設計する主体」が育っていないことにあります。
自律的に活動を選び、意図を持って環境を使い、他者との関わり方を設計する。これができるようになって初めて、ABWは本来の効果を発揮します。そしてこれは一朝一夕には身につかない能力であり、組織文化やマネジメントのあり方と深く連動しています。
ABWは「好きにしてよい」という思想ではありません。「自ら働き方を設計していく」という、ある意味では高度に成熟した働き方への移行です。
「今日自分は何をすべきか。」その問いを起点に働く場所を選べている社員が、組織の中にどれだけいるでしょうか。その割合こそが、ABWがまだ伸びる余地を持っているかどうかの正直な答えだと思います。
よくある質問
Q. ABWとフリーアドレスは何が違うのですか?
フリーアドレスは「固定席をなくす」という空間の施策を指します。ABW(Activity Based Working)は、活動の種類に応じて働く場所や環境を自分で選ぶという考え方です。フリーアドレスはABWの「結果として現れる空間の姿」の一つにすぎず、両者は目的も起点も異なります。ABWの起点は常に「今、自分は何をすべきか」という活動の問いにあります。
Q. ABWを導入したのに、社員の行動が変わりません。なぜですか?
空間だけを変えても、行動はすぐには変わりません。長年「設計された働き方」の中にいた社員が、突然「自由に働いてよい」と言われても、判断の軸がなければ動けないのは自然なことです。ABWが機能するには、空間設計と並行して「活動を起点に環境を選ぶ」という習慣を組織全体で育てる行動変容の支援が欠かせません。
Q. ABW導入の成否を分けるポイントは何ですか?
Veldhoen + Companyがこれまでの支援を通じて見てきた限り、成功事例に共通するのは、社員が「活動の種類」を起点に働く場所を選んでいることです。集中、議論、対話、情報整理 ── それぞれに適した環境があることを理解し、意図を持って使い分ける習慣が根付いているかどうかが、ABWの成熟度を測る実質的な指標になります。
Q. ABWは自由な働き方のことですか?
「自由な働き方」という表現は、ABWの一面しか捉えていません。ABWが求めるのは、制約からの解放ではなく、自分の活動・状態・目的を理解したうえで意図的に働き方を選ぶ「自己設計」の能力です。自由度が上がるほど判断も増えるため、判断の軸を持たないまま自由度だけを与えると、むしろ負荷になることもあります。
Q. ハイブリッドワークやAIの普及は、ABWにどう影響しますか?
生成AIの普及によって個人で完結できる業務が増えるほど、「意図的に人と関わる時間」の価値は相対的に上がります。誰と、何のために、どんな状態で対話するかをより明確に設計する必要が生まれるため、「活動の自己設計」というABWの本質はAI時代においてさらに重要になると私たちは考えています。

