【記事の要点】
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生成AIの普及により、「コラボレーションの場」という従来のオフィスの説明だけでは、その存在意義を語りきれなくなりつつある
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一方で、世界の企業の発信を見ても「AI時代のオフィス戦略」を明確に打ち出している事例はまだほとんどない
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本テーマを前後編に分け、この前編記事では7社の発信を手がかりに、AI時代のオフィスを考えるための3つの共通点を探る
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後編の別記事では、AIによる「仕事の構成比」の変化と、それに伴うオフィス戦略について取り上げる
はじめに:AIの導入によって「オフィスの意義」がまた変わりつつある
「オフィスに、どのような価値を持たせるべきか。」 多くの企業が、オフィス移転や働き方プロジェクトの中でこの問いに向き合っています。
近年は週5日出社を求める「出社回帰」の動きも目立ちます。しかし各社の議論を見ると、本質的な論点は「何日来るか」ではなく、「そもそもオフィスは何のための場所なのか」に移りつつあります。
加えて、生成AIという新たな変化が訪れています。AIが資料を作成し、議事録を書き、情報を整理するようになった今、「コラボレーションのためのオフィス」という従来の説明だけでは十分に説明できなくなりつつあります。
重要なのは、「オフィスをどう設計するか」から始めないことです。AIによって仕事がどう変わり、その結果としてどのような組織を目指すのか。この順番で考えることが、これからのオフィス戦略ではますます重要になる──それが私たちの見立てです。
実際に世界の企業の事例や発信を調査してみると、「AI時代のオフィスはこうあるべきだ」と明確に言及している企業自体がまだ非常に少ないのが現状です。
多くの企業は、コロナ禍以降に打ち出したハイブリッドワーク戦略をようやく定着させたばかりの段階にあり、そこにAIという新たな変数を重ねてオフィス戦略を語り直すことには、まだ慎重な姿勢を見せています。
つまり、AI時代のオフィスの「正解」は、現時点では誰も持ち合わせていません。だからこそ本記事では、世界の企業が公表しているオフィスや働き方に対する考え方を整理し、ABWを中心に働き方の現場を見てきたコンサルタントの視点を含めた上で、その共通点からAI時代におけるオフィス戦略のヒントを探ります。
1. 世界の企業は、オフィスを何のための場所と定義しているのか
ハイブリッドワークが定着した当初、多くの企業はオフィスを「コラボレーションの場」と位置付けていました。しかし、AIが働き方に組み込まれ始めた現在、議論はさらに一歩先へ進んでいます。「オフィスにどのような価値を持たせるべきか」という冒頭の問いに、各社はどう答えているのでしょうか。
事例を見ると、大きく3つ共通点が浮かび上がってきます。
共通点①:オフィスは「集まる理由がある場所」へ
まず紹介したいのが、Microsoftが提供する「Microsoft Places」です。これはMicrosoft365に組み込まれたワークプレイスプラットフォームで、同社が顧客企業向けに提供しているものです。誰がどの日に出社し、どの席や会議室を使うかをAIが可視化・調整し、対面で集まる時間の価値を高めます。
ここで管理されるのは「誰が出社したか」ではなく「誰と、何のために集まるか」であり、AIは出社そのものではなく、人が集まった時間の価値を高めるために使われています。自社の働き方コンセプトそのものの話ではありませんが、オフィスのあり方を考える上で押さえておくべき重要なプロダクトです。
Spotifyも同様の考え方を明確に言語化しています。同社は "Work From Anywhere" という制度のもとで柔軟な働き方を認めつつ、オフィスを「高速な実行と、優れた頭脳がリアルタイムでぶつかり合うことで生まれる、国境のないブレインストーミングのために意図的に設計された協働拠点」と位置付けています。
単なる勤務先ではなく、そこでしか生まれない価値のために存在する場所だ、という定義です。
Atlassianの "Team Anywhere"は、2020年に導入された分散型ワークの制度です。導入自体はAIが普及する前ですが、注目したいのは制度の骨格そのものです。
毎日の出社を前提とせず、四半期ごとの計画策定やブレインストーミング、チームビルディングなど「対面で実施する価値が高い活動」を明確に定義するアプローチは、AIが定型業務を代替する今の時代にこそ、価値が増しています。AI時代に「人がわざわざ集まって行うべきことは何か」を先に定義しておく発想は重要性を増すでしょう。
実際に導入後の調査では、従業員の92%が「Team Anywhereが最高の仕事をする助けになっている」とすでに回答しており、この「集まる理由の言語化」自体が機能している点は、AI時代のオフィス戦略を考えるうえでも示唆に富みます。
いずれの企業にも共通するのは、「来るのが当然」という前提を捨て、「来る理由」を先に定義していることです。
共通点②:オフィスは「人材育成の場」へ
Amazonは2024年9月、CEOのAndy Jassy氏が社内メモ "Strengthening our culture and teams" で、2025年1月から原則週5日出社に戻す方針を示しました。
その理由として挙げたのが、若手が先輩を見て学び・模倣し・実践することによる文化の継承、コラボレーションや発想の生まれやすさ、教え合いのしやすさ、チームのつながりといった「組織能力」です。この方針の是非には賛否がありますが、根拠として組織能力が前面に置かれている点が特徴です。
JPMorganのJamie Dimon氏は、この点をより直接的に語っています。2021年の株主向けレターで「多くの専門職は徒弟制度(見て学ぶこと)を通じて仕事を覚えるが、これはZoom上ではほぼ再現できない」と述べ、2025年のインタビューでも「若手は徒弟制度で学ぶ。自宅の地下室では学べない」と同趣旨を繰り返しています。新人が先輩の判断プロセスをそばで見て学ぶ機会は、画面越しでは代替が難しいという指摘です。
AIが定型業務を代替する時代において、この論点はむしろ重みを増します。情報収集や資料作成をAIが担うほど、人に残るのは「判断そのものをどう下すか」という暗黙知の部分であり、それこそが、そばで見て学ぶしかない領域だからです。
共通点③:オフィスは「意思決定を速くする場」へ
Salesforceは2026年時点でこの発想をさらに一歩進めているとされています。同社は "Success from Anywhere" という枠組みのもと、セールスやワークプレイスサービス、データセンター関連のチームは週4〜5日、プロダクト・エンジニアリングを含むその他の職種は週3日を目安とする "Structured Hybrid" モデルを運用しています。
特徴的なのは、進捗共有やステータス確認といった調整業務をAIエージェントが担うようになり、対面の時間が「意思決定」により集中的に使われるようになっている点です。
金融でも近い発想が見られます。HSBCのCEO、Georges Elhedery氏は2026年、AI活用の拡大にあたって「AIで顧客対応をパーソナライズしつつ、人間の判断・意思決定・アカウンタビリティは中核に残す」と述べています。
これは全社的なAI戦略についての発言であり、オフィスという物理空間の話には至っていません。しかし、AIが処理速度を上げるほど「人による意思決定」の価値が相対的に高まるという構造は、いずれオフィスに求められる役割にも波及していくと考えられます。この考え方が実際にどうオフィス戦略へ落とし込まれていくのかは、今後注目したい点です。
つまり、AIが情報整理を速めるほど、ボトルネックは「人による意思決定」に移っていきます。オフィスは、その意思決定を速める場として、新しい役割を担い始めるのか。それは今後の実践の中で、明らかになっていくはずです。
2. 事例から学べること
ここまでの事例には、一つの共通した構造があります。いずれも「オフィスをどうするか」ではなく、「組織をどう再設計するか」から出発している、という点です。
MicrosoftはWork Trend Index 2026の中で、AI活用の成果を左右する最大の要因は個人ではなく「組織」にあると述べています。
AIの実質的な効果のうち67%が組織要因(文化・マネージャーの支援・人材マネジメント)で説明され、個人の能力(マインドセットや行動)に起因する部分は32%にとどまるという結果も示されています。AIを導入するだけでは足りず、役割分担や意思決定、チームのあり方まで含めて組織全体を再設計する企業こそが競争力を高める、という考え方です。
先に見た3つの共通点──集まる理由の設計、人材育成、意思決定の高速化──は、いずれもこの「組織の再設計」の具体的な現れだと言えます。
学べること②:抽象的な「コラボレーション」ではなく具体的な「組織能力」で語る
先に挙げた7社の発信でキーワードとして多く見られたのが、Learning(学習)、Decision Making(意思決定)、Culture(組織文化)、Experience(体験)といった言葉です。各社が同じ4語を掲げているわけではありませんが、表現は違えど、これらに集約される論点が共通して現れます。
「オフィスは組織の競争力を高める場である」という発想自体は、これまでもコラボレーションという言葉で語られてきたもので、目新しくはありません。変わったのは、その中身の解像度です。
「協働のために集まる」という漠然とした目的から、学習速度をどう上げるか、意思決定の質とスピードをどう高めるか、組織文化をどう継承するか、どのような体験を設計するか、といった、より具体的で測定可能な組織能力へと、語られる言葉が変化しています。
学べること③:集まる価値を定義し、成果で測る
冒頭の問いに戻りましょう。「オフィスにどのような価値を持たせるべきか」。ここまでの企業に共通するのは、その答えを「どのような活動をオフィスで生み出したいのか」から逆算して考えていることです。今後のオフィス戦略では、「どれだけ人を集めたか」ではなく、「集まることでどんな価値が生まれたか」という視点が、これまで以上に重要になります。
この視点は、成果の測り方にも影響します。従来は出社率・席利用率・会議室利用率といった利用状況(インプット)が中心でした。これらは今後も運営上重要ですが、それだけでは「オフィスが組織に何をもたらしたか」までは見えません。
ポイントは、オフィス単独のKPIを新たに設計することではなく、意思決定のスピードや人材育成、エンゲージメントといった経営・組織の指標のなかにオフィスの貢献を位置づけ、「集まることで組織能力は本当に高まったのか」という視点で評価していくことです。
V+Cとしてここで注目したいのは、まさにこの点です。オフィス戦略がファシリティの議論ではなく、組織戦略として語られていること。「オフィスをどう変えるか」ではなく、「AI時代にどのような組織をつくるのか」。世界の企業では、議論の出発点そのものが変わり始めています。
前編はここまで。後編「AIが変えるのは『オフィス』ではなく『仕事の構成比』」では、AIによって仕事の中身がどう変化し、それに伴いオフィス戦略をどう見直すべきかを見ていきます。
よくある質問(FAQ)
Q. なぜ今、「オフィスの意味」が改めて問われているのですか?
A. 生成AIが資料作成や情報整理といった人間のタスクを担うようになったことで、「コラボレーションのための場所」という従来のおおまかな説明だけでは、オフィスの存在意義を語りきれなくなってきているためです。
Q. 世界の企業は、すでにAI時代のオフィス戦略を打ち出しているのですか?
A. 現時点で、AI時代を明確に見据えたオフィス戦略を打ち出している企業は多くありません。多くはハイブリッドワーク戦略の延長線上にあり、慎重な姿勢を保っています 。
Q. 各社の事例に共通する視点は何ですか?
A. 「集まる理由の再定義」「人材育成」「意思決定の高速化」という3つの共通点が見られます。
Q. 3つの共通点は、結局「オフィスに来てほしい理由の後付け」ではないでしょうか?
A. その懸念はもっともです。各社の発信だけを見て、本音か建前かを判断することはできません。ただし重要なのは、多くの企業が「来る理由」を先に定義してから出社を求めている、という順序の違いです。理由を言語化すること自体が、少なくとも「なんとなく出社させる」よりは合理的な設計だと言えます。
Q. Amazon・JPMorganの「人材育成」論は、経営側の出社回帰の口実に使われているだけではありませんか?
A. そ実際これは賛否が分かれる論点であり、記事内でも触れた通りです。ただし、AIが定型業務を代替するほど、若手に残る学びは「判断プロセスをそばで見ること」に集約されていくという論理自体は、AI時代特有の新しい根拠であり、従来からの精神論とは区別して考える価値があると考えます。
Q. この3つの共通点は、日本企業にもそのまま当てはまりますか?
A. 記事で紹介した事例は主に欧米企業のものであり、解雇規制や新卒一括採用など日本企業とは異なる制度的背景があります。特に「人材育成の場」という論点は、OJTを重視してきた日本企業にとってはむしろ馴染み深い発想とも言え、当てはめ方には検討の余地があります。

