

働き方とオフィスデザインの変化
今やリモートワークと出社を組み合わせたハイブリッドワークは、世界中の企業で標準的な働き方となりつつあります。
マッキンゼー・グローバル・インスティテュートが2022年に発表した調査によれば、アメリカの労働者のうち56%が週1~4日出社する「ハイブリッドワーク」を行っており、完全なリモートワークは7%、毎日出社は37%という結果が示されています。[1]。日本でも、東京都による調査では、従業員30人以上でテレワークを実施している企業割合は43.2%であることがわかっています。[2]
これまでとは異なる働き方に対応するために、多くの企業がオフィスの改修や移転を進めています。
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従業員のためのオフィス投資
近年では、従業員のウェルビーイングを高めることを目的に、家具の種類を多様化し、バイオフィリア(自然要素を取り入れたデザイン)や照明、内装への投資が活発化しています。
CBREが2024年に実施した「オフィスの利用状況に関する調査」によれば、今後のオフィス環境改善に対して「投資額を増やす」と回答した企業は40%にのぼり、「減らす」と回答した企業は5%にとどまっています[3]。従業員エンゲージメントの向上や人材確保を背景に、オフィス環境への積極的な投資姿勢がうかがえます。
多様性を持つオフィススペースの可能性
Leesmanのレポート『The Value of Variety』(2024年)によれば、多様な作業スペースを備えたオフィス環境は、従業員の生産性や職場へのエンゲージメントを向上させることが示されています[4]。ABWの根底には、従業員がその日の業務内容や状況に応じて働く場所を主体的に選択することで、個人の小さな生産性を向上させることの重要性があります。
さらに、曖昧な機能を持つスペースが増えている点も注目すべきポイントです。執務にも休憩にも使えるラウンジスペースや、個人作業にも適したオープンミーティングテーブル、屋外のワークエリアなど、これまでにない空間設計が広がっています。
これは筆者の主観ですが、日本家屋の「縁側」のように、内と外をつなぐ曖昧な中間領域がオフィスの中にも多数出現している印象を受けます。
柔らかいデザイン(Cushion Design)の課題
2025年6月3日-5日の3日間で開催されていた世界最大のオフィス家具見本市であるオルガテック東京2025では国内外の様々なメーカーの製品が数多く展示されていました。その中でも目立ったのが、ラウンジソファーやソファーブースなどの柔らかいオフィス家具です。従来のメカニカルなスチール家具よりも、布張り、あるいは木製品が多数を占めているのが印象的でした。
こうした傾向からも、ラウンジエリアやオープンミーティングエリアがオフィスの中で重視されていることがわかります。同時に、そういった場所でノートPCで個人作業をしている人をオフィスでもよく見かけるようになりました。そうした場所で作業をすしているワーカーの姿は、人間工学的に適切か疑問が残ります。軽やかでスタイリッシュなデザインのチェアは、長時間のPC作業に適していないことも多いでしょう。

こうした傾向の背景には、ハイブリッドワークの浸透によりオフィス内はコミュニケーションが重視される傾向があることや、ABWやフリーアドレスの普及によって一つの場所に長く滞在する機会が減っていることがあると考えられます。その結果、以前よりも「軽く柔らかなオフィス」への傾向が強まっているといえるでしょう。
もちろん、柔らかいデザイン自体には多くの利点があります。Steelcaseのグローバルレポート(2021年)によれば、バイオフィリアを取り入れたデザインや快適な家具配置は、心理的安全性やストレス軽減に効果があるとされています[5]。しかし、こうした要素だけに偏ると、オフィスの本来の目的である「働きやすい環境」の実現が難しくなる恐れもあります。
機能性を備えたオフィスの重要性
ハイブリッドワーク時代において、従業員が出社意欲を持つためには、「自宅よりも働きやすい空間」を提供することが重要です。これは「デザイン性に優れている」よりも、「機能的に満たされている」ことが求められます。自宅より快適な椅子やデスク、ディスプレイが揃っているかどうかは、出社のモチベーションを左右する重要な要素です。
たとえば、オフィスで長時間作業すると目や腰に負担がかかる、あるいは使いやすいデスクが確保できないといった状況があると、従業員は出社するメリットを感じにくくなります。
このような課題に対しては、柔らかさやデザイン性といった要素を重視するだけでなく、基本となるオフィスの機能性を確保する必要があります。たとえば、執務用のデスクや椅子の数が十分に揃っているか、電源の確保や昇降機能付きデスクが適切に配置されているかなど、基本的な条件が満たされていることが重要となります。
私たちVeldhoen + Companyでは、オフィスデザインそのものを担うことはありませんが、「Functional Brief(機能要件書)」の作成を通じて、オフィス設計の基盤づくりを支援しています。このプロセスでは、家具の要件(例:電源の有無や椅子のスペック)に加えて、活動ごとの音や光の環境までを定義することで、従業員の多様なニーズに対応する空間設計を実現しています。
柔らかさと機能性のバランスを目指して
柔らかな雰囲気のオフィスデザインは、従業員の心理的な快適性や創造性を高めるうえで非常に効果的です。しかしその一方で、「機能性」が見落とされてしまうと、長時間の座り作業や集中を要する業務には対応できない空間となってしまいます。
今後のオフィスづくりでは、デザインの美しさと実用性の両立がカギとなります。柔らかさと機能性を兼ね備えたバランスの取れた空間は、従業員の生産性を向上させるだけでなく、出社のモチベーションを高める効果も期待できます。オフィス設計においては、一方に偏らず、調和の取れた環境づくりが求められます。それには丁寧な活動の分析に基づく丁寧なオフィス設計が必要となるのです。
出典
- McKinsey & Company. (2022). [1] McKinsey & Company. (2022). "Empty spaces and hybrid places: The pandemic’s lasting impact on real estate." Retrieved from https://www.mckinsey.com/mgi/our-research/empty-spaces-and-hybrid-places-chapter-1
- 東京都.テレワーク実施率調査結果(2025年4月)https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/hatarakikata/telework/donyu/#jisshiritsu
- (2024). “オフィス利用に関する意識調査2024” https://mktgdocs.cbre.com/2299/4ef1d6d3-0731-4401-af4c-08c1ac5766d4-1278534830/Japan_Report_Office_Occupier_S.pdf
- (2024). The Value of Variety. https://www.leesmanindex.com/articles/whats-the-value-of-an-outstanding-workplace-for-a-hybrid-workforce/
- (2021). Changing Expectations and the Future of Work. https://www.steelcase.com/content/uploads/2021/02/2021_AM_SC_Global-Report_Changing-Expectations-and-the-Future-of-Work-2.pd