

働き方の多様化が進むなかで、「ABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)」を耳にしたことがある方も増えてきたのではないでしょうか。一方で、ABWとフリーアドレスの違いが曖昧なまま、それらを同じものとして捉えているケースも少なくありません。しかし、この2つの考え方には明確な違いがあり、その違いこそが働き方変革の成否に大きく影響を与えます。
私たちVeldhoen + Company(以下、V+C)は、ABWの創始者として35年以上にわたり、世界各地で組織の働き方変革を支援してきました。そのなかで常に重視しているのが、「空間を整えること」ではなく「人の行動と意識を変えること」。本記事では、フリーアドレスとABWの違いを明確にし、それぞれが組織や働く人に与える影響について整理しながら、どのような視点で働き方戦略を考えるべきかをお伝えします。
視点① プロジェクトの出発点:空間か、行動か
フリーアドレスは、主にデスクを共有することでオフィスの面積を効率化し、固定席をなくすという日本発祥の空間のデスクの運用手法です。目的はコスト削減やコミュニケーション活性化であり、導入も比較的短期間で行える点が特徴です。
ただし、近年では「フリーアドレス=コミュニケーションが自然と活性化する」という前提が必ずしも成り立たないという指摘もあり、単に空間を共有するだけでは意図した効果が得られにくいケースもあることに注意が必要です。
一方、ABWは従業員の「行動」や「業務の目的」を出発点とする考え方です。1980年代末にオランダで生まれたABWは、Veldhoen + Companyが提唱し続けてきた“働くこと”の本質に向き合うアプローチであり、単なるオフィスの設計手法ではありません。業務ごとに必要な活動を深く理解し、それに最適な空間やツールを自律的に選べる環境を整えることで、働く人が本来の力を最大限に発揮できることを目指しています。
単に席を自由に選ぶという行為ではなく、「なぜその場所を選ぶのか」「どのような成果を得たいのか」という問いに基づいた選択を促す点が、ABWの本質的な特徴なのです。
視点② 成果の定義:オフィススペースの効率化か、従業員パフォーマンスの最大化か
フリーアドレスでは、オフィスの稼働率向上やコスト削減といった企業側の効率性が主な成果として語られることが多くあります。特にハイブリッドワークとの相性が良く、出社人数が限られる状況下での空間最適化には有効なアプローチです。
対してABWは、組織の目標達成への貢献や従業員のワークプレイス体験を重視します。どのような空間で、どのような行動が生まれているかを継続的に把握しながら、活動に対して最も適した環境を整えることに力点があります。従業員が自身にとって最適な場所と時間を選ぶ力を育むことを通じて、従業員パフォーマンスの最大化を目指します。
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視点③ プロジェクトの対象範囲:オフィス中心か、働き方全体か
フリーアドレスは、オフィス内の座席や空間の使い方に注目が集まりやすく、物理的なスペースの最適化という観点では一定の成果があります。特にハイブリッドワークによって出社率が下がった企業では、デスクをシェアすることでオフィス面積を削減できるなど多くのメリットがあります。
ただし、コミュニケーションの活性化や生産性の向上などが導入の目的であれば、空間の変化だけでは働き方自体を変えることが難しく、成果にはつながりにくいこともあります。
一方、ABWはオフィスという物理的な枠組みにとらわれず、リモートワークや移動中の作業といった、場所を問わない働き方を包括的に捉えるアプローチです。
働く人が「どこで」「どのように」業務に取り組むかを柔軟に選び取れるようにするために、空間だけでなくITツール、制度設計、カルチャーに至るまで、多面的に支援することを重視しています。つまり、ABWは“働き方”全体に焦点を当て、その最適化を図る包括的な戦略なのです。
視点④ プロジェクトのゴール:一過性の施策か、継続的な取り組みか
フリーアドレスは、オフィス空間にリソースを集約してプロジェクトを開始できる点が魅力です。その一方で、一度オフィスのレイアウト変更が終わると、プロジェクトが完了したと見なされるケースが多く、導入後の運用や見直しが十分に行われないままになることもあります。
座席の運用ルールやスペースの実際の使われ方について、継続的な検証や改善の必要性が見落とされがちな点に注意が必要です。
一方でABWは、導入を「はじまり」と捉えます。働き方や業務内容は組織とともに変化し続けるものです。その変化に応じて、オフィス空間や必要な制度も柔軟に見直していく必要があります。
従業員の行動や利用状況を継続的に観察し、対話を通じて「空間が本来の目的に沿って使われているか」「期待する行動が生まれているか」を確認し続ける。このサイクルこそがABWの実践における重要な土台であり、単なる一過性の取り組みではないという点が大きな違いです。
視点⑤ オフィスデザインの軸:均質化か、多様化か
フリーアドレスでは、誰もが平等に使える汎用的なワークスペースを構築することがデザインの出発点となります。そのため画一的なレイアウトや設備になりやすく、結果として「一見おしゃれだが使い方に迷う」オフィスになることもあります。また固定席と同様、集中作業やWEB会議などさまざまな活動を同じデザインの席から行うことになりがちなため、音環境や視覚的なプライバシーなどが適切に保たれないこともあります。
従業員がワークプレイス環境をどれだけ有効と感じているかを示すLMIスコア(Leesman社による調査データに基づき、100点満点で評価)に基づく、4つのワークプレイス戦略の比較。ABWが最も高いことがわかる。(引用元:https://www.leesmanindex.com/articles/the-desk-dilemma/)
ABWでは、仕事の内容や目的に応じて選べるよう、空間に意図的な多様性を持たせます。集中作業、共同作業、リフレッシュ、オンライン会議など、それぞれの活動に合わせた環境が準備されていることが前提です。V+Cでは、こうした空間設計に加え、従業員の意識を育てる「行動変容の支援」も同時に行うことで、持続可能な働き方の基盤づくりをサポートしています。
視点⑥ 行動変容の促し方:自然発生か、意図的な支援か
フリーアドレスは、オフィス運用の柔軟性を高める手法として広く採用されており、座席を固定しないことで業務効率や部門横断の交流を促しやすいというメリットがあります。
しかし一方で、「空間の変化に伴って行動も自然と変わるだろう」という期待のもと、行動変容に対して明確な支援が設けられないケースも見受けられます。その結果、意図した使い方が浸透しなかったり、特定のスペースが利用されなくなったりといった課題が生じがちです。
ABWでは、空間だけでなく行動そのものを変えることが目的です。従業員が自ら業務に合った場所を選ぶ“選択の習慣”を育むために、行動ガイドラインの作成やオンボーディング時の説明、さらには定期的なトレーニングやフィードバックの仕組みなど、段階的かつ継続的な支援が組み込まれているのが特徴です。
こうした意図的な支援こそが、ABWの実践において行動変容を促す大きな鍵となります。
視点⑦ 意思決定:施設管理部門主導か、全社的な戦略か
フリーアドレスの導入は、総務部門や施設管理部門を中心に、限られた関係者で進められることが多く、導入のハードルが低いという利点があります。特に、空間の改修やデスクの再配置といった物理的な変更に焦点が当たりやすいため、意思決定のプロセスも比較的シンプルです。
ただし、このような導入のしやすさが時に現場のニーズとのミスマッチを発生させ、不十分な運用につながるという危うさも併せ持っている点には注意が必要です。
一方でABWの導入は、単なる空間整備ではなく、働き方そのものを見直す全社的な変革を伴います。人事やIT、総務、経営層など、組織の根幹に関わる複数部門の連携が欠かせません。空間だけでなく制度、テクノロジー、カルチャーの観点も踏まえた多角的な取り組みが必要となるため、経営レベルでの強い関与と、部門横断的なチーム体制が成功の鍵を握ります。
このように、ABWは“オフィスの施策”という枠を超えた、組織全体の未来を描く戦略的プロジェクトなのです。
ABWとフリーアドレス、そもそも比較できるもの?
ここまで見てきたように、ABWとフリーアドレスは一見似ているようで、その成り立ちや目的、運用の仕方には大きな違いがあります。とはいえ、どちらかが絶対的に優れているというものではありません。それぞれが異なる価値や効果を持ち、組織の目指す方向性によって選択すべき戦略は変わってきます。
たとえば、短期的なスペースの最適化やコスト削減を主な目的とするのであれば、フリーアドレスは実効性の高い手段となるでしょう。運用も比較的シンプルであり、施設部門を中心に導入を進めやすいというメリットもあります。ただし、空間を変えただけでは行動や文化は自然には変わらないという前提に立ち、運用後のフォロー体制や意図設計が求められます。
一方で、ABWは空間整備にとどまらず、従業員一人ひとりが自らの業務に最適な働き方を選び取れるようになることを目指す包括的な戦略です。導入後も継続的に対話と振り返り、行動変容への支援を重ねることが前提であり、時間とエネルギーをかけて本質的な組織変革を遂げたい企業にこそふさわしいアプローチといえるでしょう。
つまり、「ABWとフリーアドレス、どちらが良いか」ではなく、「私たちは何を実現したいのか」を起点に最適な手段を選び取るという視点が重要なのです。そのなかでも戦略としての深さと広がりが問われるのがABWであり、それゆえに価値も大きいと私たちは信じています。
まとめ──「選ぶ力」を育てることが働き方改革の核心に
ABWとフリーアドレスは、どちらも働き方やオフィスの在り方を変える手法として注目されています。しかし、その目的やアプローチには本質的な違いがあります。
V+CがABWを通じて伝えたいのは、「自由に働ける環境」を整えることではなく、「働き方を自由に選ぶ力」を育てることです。その力こそが、変化に対応できるしなやかな組織をつくり、働く人の主体性を引き出す原動力となります。
ABWか、フリーアドレスか。どちらを選ぶかは、組織がどんな未来を目指すかによって決まります。本記事が、その最初の問いに向き合うヒントとなれば幸いです。