理想と現実のギャップ
ABW(Activity Based Working)は、業務に応じて最適な場を選べる“自由”をポリシーに掲げています。しかし導入現場では、「物を持って動くのが面倒」「結局いつもの席に座ってしまう」「なぜ移動する必要があるのか」といった声が聞こえてくることも事実です。
自由度の高い環境だけを整えても、ルールや行動の指針がなければ、その“自由”はかえってワーカーの負担になりかねません。V+Cでは、こうした“行動変容のハードル”を乗り越えることこそ、ABW定着の本質と考えています。
「席を変えながら働くなんて面倒だ」という声は、単なる抵抗ではありません。ワーカーが働き方に適応しようとしている変化のサインとして捉えるべきです。本記事では、ABWの運用で直面する「オフィスの中を移動して働く」ことのハードルに対し、環境・ルール・行動設計の側面からどのようにサポートすべきかをご紹介します。
1. なぜ席を移動しながら働くのは難しいのか
行動の“固定化”は人間の自然な反応
人は、移動のたびに発生する「準備・片付け・席選び」といった小さな意思決定コストを避けようとします。「慣れた環境や自分のリズムを保ちたい」という心理が働くため、ABWのように席を自由に選べる環境でも、多くの人が「自分の座り慣れた席」に戻るのは自然なことです。多くの人たちが同じ席に戻ってしまうのは自然なことです。
ワークプレイスの調査機関であるLeesmanの調査でも、ABW環境下において約7割の人が固定的な席にとどまっていると報告されています。一方で、モビリティ(オフィス内での移動)が高いほど、パフォーマンス指標(Lmi)や会社への誇り・生産性の自己評価は高いという結果も出ています。
しかし、その意識を浸透させる難しさが、ABWの全社的な効果を阻害していると指摘されています。これは「ABWが難しい」というよりも、導入初期に誰もが通る過渡期の現象といえるでしょう。
荷物の放置で席の選択肢が20%削られていた
行動が固定化する背景には、人の心理だけでなくオフィスの運用ルールも関係しています。V+Cが2017年にクライアント企業で実施したオフィス利用調査では、「荷物だけが1時間以上席に置かれた状態」により実際には利用できない席が個人デスク全体の約20%にも及ぶことが明らかになりました。会議などで離席する際に、席に荷物を置いたまま移動するという習慣が、オフィス全体の稼働効率を下げていたのです。
この企業では5年以上にわたりフリーアドレスを実践しており、デスクを共有する働き方に慣れていると考えていました。しかし、この結果が示したのは、荷物を席に置いたまま移動するという習慣によって、従業員が適切に場を選択する機会が失われるという現実です。「席が足りない」というよくあるクレームも、実はこの習慣に起因することが多くあります。
この現状の習慣のままABWに移行しても、利用可能な席が物理的に少なくなり、結果としてABWが機能不全に陥る可能性が高いと言えます。
2. ”動けるオフィス”をつくるために重要な3本柱:環境 × ルール × 行動設計
先ほど説明したような課題を認識せずに、ABWやフリーアドレスの環境を整えても、「うまく使われない」という状況に陥りがちです。「席を動いて仕事をする」という働き方を根づかせるには、「動こうと思えば、いつでも軽やかに動ける」状態を意図的にデザインする必要があります。
そのための工夫は、環境・運用・行動という3つの側面をセットで整えることが重要です。どれかひとつだけではうまく機能せず、3つが揃うことで「自然に動けるオフィス」が育ちます。
①「持たなくていい」環境を設計する
移動の負担を減らすためには、物理的に「荷物を持ち歩かなくても済む」環境が不可欠です。
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ロッカーと動線:ロッカーや簡易的な荷物置き場を動線の途中に配置することで、「ついでに預ける」「帰り際に取り出す」動作が自然に生まれます。
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IT環境の統一:全席のモニターやケーブル仕様を共通化することで、「あの席は使いづらい」という偏りを防ぎ、「どこに座っても同じように働ける」安心感を作ります。
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“広げる作業”の専用化:紙資料を使う作業やアイデア出しのために、専用のテーブルやプロジェクトルームを設けることで、個人デスクを占有する必要性を減らします。
② 運用ルールを「心理的に安心できる言葉」にする
また環境が整っても、言語化された安心感がないと人は動きません。
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クリアデスクの明確化:「◯分以上離席時はデスクを空ける」といったルールを、「10分」「15分」など明確な時間で設定し、卓上ツールなどで可視化します。これにより「戻る場所がないかも」という不安を解消します。
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ホームエリアの設定:「次の席を探すのが面倒」という心理に対し、固定席ではなく「今日はこのエリアに戻れば席がある」という心理的な拠点(ホームエリア)を設定します 。“完全な流浪”への不安を取り除くことで、移動のハードルを下げます。
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リセットの習慣化:終業前にデスクを整える小さな習慣を共有し、翌朝の「置きっぱなし席」を減らします 。これは注意喚起ではなく、「快適に働くための安心設計」として仕組み化することが大切です。
③ 行動変容を“支える仕組み”で移動を促す
安心感を与えるだけでは行動は変わりません。小さな実践や体験を通して、“動いても困らない”という感覚を身体で覚えることが、行動変容を支えます。例えば;
- 出社時のルーティンの構築:「ロッカーに荷物を預けてから席につく」という一連の動作を体験会などで実践し、行動を定着させます。
- 気づきの可視化:チームごとの離席率や移動状況をデータで可視化し、環境の使われ方に気づきを与えます。
- リーダーの声かけ:「隣のスペースで話そう」「ホワイトボードのある場所へ行こう」といった、活動に応じた移動を促す声かけが、自律的な行動の呼び水となります。
- 1日のデザイン:「今日は集中したいから静かなエリア」「今日は会議が多いから身軽に」というように、“場所を選ぶ”のではなく“過ごし方を選ぶ”意識を持つことで、ABWの根幹である「自律性」が育まれます。
3. ABWは“自由”を支えるOSである
ABWは「好きな席に座ってよい制度」ではありません。自分の働き方をデザインし、環境を使いこなすための“OS(オペレーティングシステム)”のようなものです。目的を持って席を選択することで、生産性と快適性は確実に向上します。「席を移動しながら働くなんて面倒だ」という声は、その自由を自分のものにする途中に現れる自然なサインであり、成長痛のようなものです。そのサインは、いつもと違う席を使うという一瞬の行動から生まれるのです。
V+Cでは、その“面倒だ“という声の裏にある原因を丁寧に見極め、その壁を越えるための環境・ルール・行動を連動させる支援を行っています。
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環境:「持たなくていい」設計に整え
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運用:「安心して離席できる」仕組みにする
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意識:従業員一人ひとりが「自分の働き方を選ぶ意識」を持つ
この積み重ねによって、ABWの“自由”はようやく本来の意味を持ちます。自由とは与えられるものではなく、育てていくもの。そのはじめの一歩を、私たちVeldhoen + Companyと踏み出してみませんか?

